英メディアBBCがイギリスのクラブカルチャーの危機的状況に関する特集記事を公開した。
社会問題に対する深い分析と新鮮な視点を提供するシリーズ「BBC InDepth」の記事によれば、イギリスでは過去5年間で同国全体のクラブ数の3分の1以上に相当する約400のクラブが閉鎖されたという。
BBCの取材に対し、セントラル・ランカシャー大学ののプログラムリーダーであり、音楽業界アドバイザーTony Rigg氏は「複雑な要因が重なり、クラブ業界は完璧な嵐の中にある」と説明している。
NTIAの調査によれば、68%の人々が「現在の経済状況で外出頻度が減った」と回答。都市部のクラブの早期発売チケットは約10ポンド(約1,900円)だが、当日券はさらに高額となり、飲み物代やタクシー代を含めると一晩の出費はかさむ。これについて、BBC 6 MusicのDJ、SHERELLEは「クラブに行くことが贅沢品になるなんておかしい。幸せになれることなのだから、いつでも友達と一緒にクラブに行けるべきだ」と述べている。
また、Tony Rigg氏は国民保険料の引き上げなどの新たな経済的課題が「クラブへの嵐」となっていると警告。クラブ側が経済的負担を価格に転嫁せざるを得なくなれば、消費者の生活費上昇とも相まって、さらなる客離れの加速の懸念があるという。
一方、『人生は20代で決まる 仕事・恋愛・将来設計(原題:The Defining Decade)』の著者で臨床心理学者のMeg Jay氏は「若者の外出減少は単に憂鬱なZ世代が部屋に閉じこもっているからではない」と分析する。その要因として、コロナ禍でのロックダウン中のライフスタイルの変化や、アルコールやドラッグなどの危険性への認識向上、健康的ライフスタイルを奨励するSNSの影響の大きさを挙げている。
さらに記事では、SNSや友達とのテキストメッセージが実際に会う欲求の一部を満たすことで社交の形そのものが変化したことや、物価高により学生が以前よりお金を使うことに慎重になっていることも指摘されている。
しかし、危機的状況の中でもすべてのクラブが苦境にあるわけでなく、BBCはそのような中でも比較的順調な経営状態にあるクラブの事例も紹介している。
例えば、1961年にオープンしたハリファックスの「The Acapulco」は、イギリス最古のナイトクラブとして現在も多くのクラバーを集めている。オーナーのSimon Jackson氏は、若者が本格的に混み合う前の早い時間帯に来て、TikTok用に踊る様子を撮影するなど、クラブカルチャーの変化を感じつつも、「支払った金額に見合う価値」を提供することで生き残っていると述べている。
また、シェフィールドの「Gut Level」は、クィア主導のコミュニティプロジェクトで、低所得者向けの割引価格を提供するメンバーシップ制を採用している。共同創設者のKatie Matthews氏は「従来の音楽シーンは男性中心で、女性やクィアな人々の安全への配慮が不足していた」と指摘する。
そして、現在は安全面への配慮もクラブ運営における重要な課題だ。2023年の調査によると、イギリスにおけるドリンクスパイキング(飲み物への薬物混入)事件はバーとクラブで最も多く発生しているため、Gut Levelでは事前登録制を導入することでメンバーの安全を確保しているという。
さらにクラブの文化的価値についても言及がある。昨年Skrillexとのコラボ曲「TAKA」で大きな注目を集めたDJ/プロデューサーのAhadadreamは、移民という自身の背景から「一部の人々にとって、クラブは所属感と本当のコミュニティを感じられる唯一の場所だ」と述べ、コミュニティとしてのクラブの重要性を強調している。
また、UCAカンタベリー校の設計史家兼建築学教授Cat Rossi氏は「文明の夜明けから、人々は夜に集まり、踊る場所を必要としてきた。社会的な集まりは私たちの社会構造の基盤だ」と強調。「ナイトクラブは創造的な建築やデザインの場として過小評価されているが、実は巨大な創造性のエンジンなのだ」と主張する。
こうした文化的価値への認識は、ヨーロッパ諸国ではすでに一定の進歩が見られる。例えば、ドイツは2016年にベルリンの有名クラブ「Berghain」を文化施設と正式に認定。オペラハウスや劇場と同等の税制優遇を与えている。さらにその翌年にはチューリッヒがユネスコと提携し、テクノカルチャーを「無形文化遺産」に登録。こうした認識はイギリスでも広がりを見せつつあり、ナイトタイム産業協会(NTIA)CEOのMichael Kill氏は「クラブはイギリスの文化的機関であり、その消失は文化、経済、社会構造に深刻な影響を与える」と述べている。
なお、昨年10月にNTIAは2020年3月以降のナイトクラブの閉店率に基づき、イギリスのナイトクラブが2029年12月31日までに消滅する可能性があると警告。広告会社McCann Londonと共に「The Last Night Out」キャンペーンを開始し、この問題への認識を高める取り組みを行なっている。また、ナイトクラブを文化施設として認定することや、ビジネスレートの軽減を延長することなど、政府に対していくつかの要求を行なったほか、業界の支援を強化するための規制改革を求めていた。
これに応じる形で、イギリス政府も昨年11月に大規模会場のコンサートチケットに課徴金を導入し、その収益を小規模会場の支援に活用する提案を行っている。また、ロンドンでは市長事務所がナイトタイムエコノミーを活性化させ、閉鎖の危機にある会場を救うための専門タスクフォースを立ち上げたほか、音楽業界の支援団体やアーティストも独自に支援活動を展開している。
複数の要因が絡み合い、危機的な状況にある中で「変革か消滅か」の岐路に立たされているイギリスのクラブカルチャー。世界有数の音楽大国であり、クラブ先進国であるイギリスにとって、クラブの衰退は単なるエンタメ産業の問題ではなく、国の文化の重要な一部が失われる危機でもある。この難局を乗り切るには業界や政府による有効な打開策が求められる一方で、このカルチャーを愛するクラバーたちもそこに連帯する姿勢を示す必要があるのではないだろうか?
source: https://www.bbc.com/news/articles/czed9321l37o
text by Jun Fukunaga