タイのR&Bシンガー、Flower.farが、初の日本語カバーアルバム『What if…』を2026年5月8日にリリースした。竹内まりや「Plastic Love」からm-flo「Yours only,」、imase「NIGHT DANCER」まで、約40年にわたる日本のポップスを自身の解釈で歌い直した7曲と、自身のオリジナル曲の日本語バージョン1曲を収録した本作は、タイのレーベルYUPP! Entertainmentと日本のKSR Corp.による日タイ共同プロジェクトの第一弾として、札幌および、一部バンコク(タイ)でレコーディングされた。
本インタビューでは、タイ人であるFlower.farが日本語カバーアルバムを制作することになった経緯をはじめ、日本の音楽や文化との出会い、アルバム制作を通じて改めて気づいた日本の魅力、さらには制作風景を収めたドキュメンタリー『FLOWER.FAR “What if… : A Voice Across Borders”』に込めた思いなどについて話を聞いた。

ーー:日本の音楽や文化と最初に出会ったのは、いつ頃で、どんなきっかけでしたか?
Flower.far:実は、日本の音楽には5〜6年前から親しんでいたんです。竹内まりやさんの「Plastic Love」などは当時からすごく好きで聴いていましたし、大学時代には日本語の曲を歌ったこともあります。ただ、はっきりと日本の文化に触れたと言えるのは3年前に日本のR&Bアーティスト3Houseさんと「U&I」という曲を一緒に制作したときです。それがきっかけで、日本の文化をより深く感じた記憶があります。
そして今回、KSRのスタッフさんとお会いしてカバーアルバムを作るということで、収録曲で使われている日本語一語一語の発音や意味を知りました。そういう意味では、3年前と今回のアルバム制作を通じて、本当に深く日本の文化に触れることができたと思っています。
ーー:それ以前は、日本のアニメやドラマもあまり見たことはなかったんですか?
Flower.far:いえ、音楽以外の文化でいうと、『トリコ』というアニメが幼い頃から大好きだったんです。私はとにかく食べることが大好きなので、『トリコ』を見ていると日本の文化にすごく惹かれるというか、本当に美味しそう、食べてみたい、という気持ちにさせてくれるアニメだと思います。そういう意味では、小さい頃から日本のカルチャーには触れていたと思います。
ーー:3Houseさんとコラボレーション以前に、日本の音楽シーンに関わりたいと思ったことはありましたか? もし、あればそのきっかけを教えてもらえますか?
Flower.far:日本のアニメの主題歌に携わってみたいというのが最初のきっかけでした。そこからさらに日本の音楽に関わりたいという気持ちが強くなっていきました。
ーー:今回、タイ出身のFlower.farさんが日本語のカバーアルバムを北海道で制作するという、これまでにない形のプロジェクトに参加されました。最初にこのプロジェクトについて聞いたときの率直な気持ちと、これを引き受けると決めた理由を教えてください。
Flower.far:まずは、挑戦したいという気持ちが本当に大きかったんです。最初は北海道のプロジェクトと聞いて、「おっ」と思いましたし、すごく難しいことだろうなとも思ったんですけど、「今の自分の境界線を越えてどんどん成長していきたい」、「タイ語以外の言語を使って歌ってみたい」、「タイ以外の国で自分の力を養いたい」。そういう思いがまずあって、今回のプロジェクトをお引き受けさせていただきました。
それともうひとつの理由は、KSRのスタッフさんから送っていただいたカバーの候補曲を聴いたり、その説明を読んだりして、日本語の歌詞の深さに本当に感銘を受けたからです。タイ語だと結構わかりやすくて、言葉通りの意味なんですけど、日本語はすごく奥ゆかしいというか、風情があって、「日本の文化ってこんなにも奥ゆかしいんだ」という気持ちになりました。ひとつの言葉でも、全体で読むと違う意味があったりして、すごく深い。そんな風に日本の文化が魅力的に思えたので、こういうプロジェクトに参加したいと思いました。
ーー:ご自身だからこそできると思った決定的な部分はどんなところですか?
Flower.far:私の強みは声と歌うスキルだと思うんです。ただ、ちょっと不安だったのは、日本語で歌うということですね。普段なじみがない日本語で歌うので、発音が至らなくて、うまく伝わらないんじゃないか、というのがずっと気がかりでした。でも、それを自分の歌うスキルでカバーしたいと思いました。それで日本のスタッフさんとも歌詞の意味について、本当に何度も話し合ったんです。
ーー:実際の制作で意識したことを教えてもらえますか?
Flower.far:書いてある文面通りの意味だけではなく、「これってどういう背景があって、どういうストーリーで、作者さんは何を伝えたいんだろう」というところまで想像して、「どうしてこういう結果になったんだろうね」と裏の裏まで、意味を深掘りするということをやりました。また、曲のコードについても、「なんでこのコードを使って、このアーティストは制作しているんだろう」というところや「この曲をこういうふうに転調する意味はなんだろう」というところまで、深くディスカッションして作り上げてきました。

ーー:タイ人としての視点から、日本語のカバーアルバムを制作することの意義はどんなところにあると考えていますか?
Flower.far:私にとって音楽というのはコミュニケーションそのものなんです。たとえ伝わらなくても、話す、伝えるという手段として、私は歌と音楽を表現しているつもりです。今回カバーする7曲は、原曲のアーティストさんがそれぞれ伝えたいこと、ストーリーがあって、それをタイ人である私が歌うことに、いかに意味をつけていくか、というところを考えました。「もしこの背景の曲を私が歌ったら、語ったらどういうメッセージに変わるんだろう、あるいはどういうメッセージのまま伝えられるんだろう」と。タイ人のアーティストとしての要素、自分というフィルターを通すことで、この楽曲それぞれの意味を伝える。そこにすごく意義があると思っています。
ーー:今回のアルバムの中で特に思い入れのある1曲を挙げるとしたらどの曲ですか?
Flower.far:m-floさんの「Yours only,」です。最初はただ聴いているだけだとわからなかったんですけど、歌詞や意味を調べていくと、大切な人と別れてしまうという、すごく悲しい曲だと気づいて。「なんて悲しくて心揺さぶられる曲だろう」と、涙をこらえるのに必死でした。
一緒に制作していたタイ人のプロデューサーも、私の歌を聴いて「過去に知り合いの大切なパートナーが亡くなってしまったときの記憶がパッと浮かんできたよ」と言ってくれたんです。それくらいこの曲が持つ意味を鮮明かつリアルに表現できていると褒めてもらえたのは嬉しかったですね。そういう経緯もあって、本当に思い入れのある曲になりました。
ーー:今回のアルバムで7曲カバーされていますが、その曲はどのように選曲されたのですか?
Flower.far:最初は10曲、20曲ぐらいリストでバーッと来て、その中からどれがいいだろうな、というのを決めていきました。まず、いただいたリストにあった楽曲すべてに目を通して、ひとつひとつ吟味していきました。その中で選曲の基準として、まずチェックしたのは歌詞ですね。この曲だったら自分が歌っておかしくないか、自分が表現できると確信が持てるか、という観点で見ました。そのあとはアーティスト像、声、声質、コードといった楽曲を構成しているパートまで、本当に全方位から見て、これだったら自分たちのカラーを出して表現できる、と判断したものを7曲選びました。
ーー:レコーディングは北海道の札幌で行われたとのことですが、ここでの制作の体験は、ご自身の表現にどんな影響を与えたかを教えていただけますか?
Flower.far:北海道でドキュメンタリーを撮ってみた経験は、自分にとって本当に大きいものになりました。私はタイ南部の出身で、湿気が多くて、年中常夏の環境で生まれ育ったので、雪国も雪自体も初めての体験でした。寒い国ならではの感覚や、文化的なものも、すべてが新鮮というか。例えば、タイだとクリスマスはイベント事として、楽しむぐらいなんですけど、日本では寒くなって雪も降るし、クリスマスというイベントだけじゃなく、その時期は一家団らんしながら、温かいストーブの前で温まるみたいなことをしますよね? そういう家族の温かさを感じました。それにタイ人の私からすると「これが本当の温かさなんだ」という感覚や「寒い中で人とどういうふうに関わっていくんだろう」ということも、楽曲を作るうえでのインスピレーションになりました。
ーー:制作環境としての札幌のスタジオはいかがでしたか?
Flower.far:制作面でもいろいろなインスピレーションを受けて、すごくいい刺激を与えてくれました。北海道の芸森スタジオで制作したんですけど、その施設の方が毎日温かくて美味しい食事を作ってくれました。本当に充実した恵まれた環境で、「こんなにも温かい空間で楽曲を作れることって、なんてありがたいんだろう」とひしひしと感じました。現場にはピアノとピアニストも一緒に同行してくれていて、彼も「今までとはインスピレーションが違うよ」みたいな感じで、どんどんアイデアが湧き出てきて。「この環境だからかな」とワクワクしながら、「こういうコードを使ってみよう、次はこういう曲を作ってみよう」と創作意欲が湧いてきました。まさにスタッフ全員で楽しく音楽をクリエイトすることができた時間でしたね。

ーー:アルバムの制作過程がドキュメンタリー『FLOWER.FAR “What if… : A Voice Across Borders”』にまとめられていますが、このドキュメンタリーを通じて日本のリスナーに一番伝えたいのはどんな部分ですか?
Flower.far:ドキュメンタリーで伝えたいのは、まず、今回制作した楽曲はすべて心を込めて、スタッフ全員で一緒に努力しながら作り上げたものだということです。次にこれまでとは違う新しい私が、皆さんが親しんできた曲を「Flower.far」というフィルターを通してお届けするものだということです。このアルバムを通じて、「いかに皆さんとの距離を近づけられるか」ということを大事にしながら作りましたので、ぜひ聴いていただきたいし、その思いがドキュメンタリーを通じて伝われば嬉しいです。そしてまた日本に戻ってこられるように、これからも努力を続けますので応援よろしくお願いします。
ーー:最後にこのアルバムのリリースを起点に今後日本でやってみたいことや挑戦したいことを教えてください。
Flower.far:日本語の曲をイチから制作することに挑戦したいです。そして、もしご縁があれば、そういう曲を日本の作曲家さんや作詞家の方とコラボレーションして作ってみたいですね。特に好きなアーティストをベースに考えると、宇多田ヒカルさんがすごく好きなので、いつかコラボしてみたいです。あとはback numberさんとも何かコラボしてみたいですね。それが今後の目標であり、叶えたい夢です。

リリース情報:
【アルバム概要】
Artist:Flower.far
Album Title: “What if…”
Release Date: 2026/5/08
Track List:
M01. “Plastic Love” (Mariya Takeuchi, 1984)
M02. “接吻 -kiss-” (ORIGINAL LOVE, 1993)
M03. “sweetness” (MISIA, 1999)
M04. “忘れない日々” (MISIA, 1999)
M05. “Yours only,” (m-flo, 2001)
M06. “Lemon feat. Fumito Iwai (Galileo Galilei)” (Kenshi Yonezu, 2018)
M07. “NIGHT DANCER” (imase, 2022)
M08. “flower.far -Japanese ver.-”
Flower.far「What if…」
https://flowerfar.lnk.to/what_if
Text by Jun Fukunaga
